霜炎<5>海神社 Kaijin-sya
霜炎
So En

<6>
海神 悠
WADATSUMI, Yuu


相 聞 (桐窪 貢)


「…僕は、星赤さんのなに…?
 …ペットみたいなもの?

 ああ、違う…
 先輩はきっと自分が飼った犬や猫なら、モノスゴク大事にするでしょうからね…
 結局…ちょっとした暇つぶしの相手でしかないんですよね…
 僕でなきゃいけない理由なんて、なんにもない。
 …新宿のボーイを買うのと何も変わらない。
 …わかってた。
 わかってました。
 いつかこうなるって。
 でも…!!
 …苦しいんです。胸が苦しい。
 …星赤さん…
 …僕を縛って閉じこめておかないと、僕は、光克先輩を殺してしまうかも…

 
 …うそ。

 嘘ですよ…そんなことするわけないじゃないですか…
 …そんなバカなこと…
 大丈夫ですよ…べつに…
 星赤さんだってわかってたでしょ?
 僕が他の人とつきあってたの?

 
 ……ああ
 …ほらね…わかってたのに、…何にも言わなかった…!
 …この先だって、何も言わないつもりだったでしょ!?
 言って波風立てるほどのことでさえないんでしょ?
 僕なんて?!
 ああ…っ
 …くそっ…

 何を言ってるんだろう? 

 ずっと考えてたのに。
 こういう時がきたら、こう言おう、ああしよう…
 …カッコよくきれいにすっきりと美しくさわやかに、…

 …あははは…

 出来っこないのに!

 バカみたい。
 美しい別れを演じて、捨てるのはもったいないと思って欲しい、やっぱり止めようと言ってもらいたい…
 …ドアに手をかけた僕を後ろから「待てよ!」って捉まえて…
 「行くな…!」って抱き締める…

 …結局、そんな自分に都合のいい展開しか考えられなかった。
 …ううん、考えたくなかった!
 だって、…そんなことは起こらないって分かってたもん。
 先輩が最後通牒を渡したら、絶対にひっくり返ったりしない。
 最後と言ったら最後なんだって。
 …でも、それでも僕が健気なとこを見せたら、「行くな!」って言って抱き締めてくれる、そんな夢を見てた。
 …だって怖かったから。
 …その時が。

 「…もう会わない」
 「今日で終わりだ」
 「じゃあな、元気でな」
 ドアが音を立てて閉まる。
 終わり。

 …それだけ。

 何年つきあおうが、終る時はあっという間。

 …そんなこと考えたくなかった。

 …だから僕が考えてたのは、…先輩を引き止める方法。
 どうやったら先輩に未練を持ってもらえるか、それだけ。

 …どんな僕を見せたら、引き止めてもらえる?
 何をしたら置いておきたいと思う?
 どんな台詞を言えば、可愛いヤツだと思ってくれる?
 …どうやったら次の約束が手に入るの?
 …どうすれば光克先輩を忘れてくれるの…?
 …何をしたら僕だけの星赤さんになってくれるの…?
 …僕だけを…愛してくれるのは…無理なの…?
 …僕を抱きながら…いつもいつも光克先輩のことを考えてたわけじゃないでしょう?
 少しは僕のことも好きだよね…?
 ほんの少しくらいは…?
 …だって…
 …僕は知ってる…
 …僕を抱き締める星赤さんの腕も、僕の中をえぐるような星赤さん自身も…
 もう数え切れないぐらい僕は星赤さんに抱かれた…
 …
あれが全部嘘だったなんて思いたくないし、
 …そんなふうじゃなかった…
 僕を可愛いと思ってくれたよね…?
 少なくとも一度や二度くらいは…?

 
 あああああ…

 くそっ…

 こんな真似だけはしないつもりだったのに…!

 でも…

 ああ…

 先輩…!
 星赤さん…!
 光克先輩よりも好きになってくれなんて言いません…!
 十分の1…ううん、百分の1でもいいから、僕の居る場所を空けておいて…!
 僕は出来ない…!
 終わりになんて…
 終わりになんて出来ない!
 星赤さん、無理、無理です!
 僕には出来ません!
 きっと明日から先輩の家のドアの前に立って、先輩が中へ呼んでくれるのを待ちますよ、僕は。
 …多田さんが貴方に抱かれてるとこを思いながら。

 …きっととてつもなく優しくするんだろうな…

 僕にしたような手荒な真似は決してしないんだろうな…
 きっと…

 そう思いながら。
 
 …いえ…嫉妬なんてしません。
 だって…
 …先輩の心に居るのは多田さんだけじゃない。
 多田さんだって、貴方から追い出せない人がいる。

 …途中で終った恋…

 それも「死」によって終らされた恋なんて、…忘れられっこない。

 いいんです。
 僕はその人に感謝してます。
 「桐」という文字が重なってなかったら、僕に興味を持たなかったと前に言いましたよね…
 だから。
 その人との成就出来なかった恋、…その過去に僕は感謝してます。
 忘れてくれなくていい。
 いえ、ずっと覚えていて欲しい。
 そうすれば、僕のことも忘れないでしょう?
 僕は「もう一人の桐」でいい。
 だって僕は生きてる。
 生きてるから。
 苦しくても悲しくても傷ついても。
 それは僕が生きてるってことです。
 …生きていれば…未来を夢見ることが出来る。
 希望を持つことも、…待つことも出来る。
 …先輩は、僕を嫌いなわけじゃない。
 …そして…多田さんには……浅野さんがいる。


 …ふふ。
 そんな顔しないでください。
 僕、生徒会活動、真面目にやったんですよ?
 浅野さんは、図書の委員長だったでしょ?
 僕、結構可愛がってもらいましたよ。
 …多田さんが浅野さんにぞっこんなのは、見てりゃすぐ分かりますよ。
 浅野さんがどうなのかは、分からなかったけど。
 …浅野さんは…案外謎めいてますよね…
 茗峰女子の子からずいぶん手紙とかもらってたらしいのに、浮いた話は全然なかったし。
 …僕はクールな人だなって思ってましたよ、誰からも等距離に上手くやってるなって。
 多田さんのこともあしらってるって感じだったし。
 え…?
 そりゃ、仕方ないですよ、僕が浅野さんにきつくなっても…
 僕、本気で光克先輩には、可愛がってもらいたかったんですよ、あの頃…
 多田さんて、なんか可愛いですよね…
 あはは…
 僕もバカだな…
 多田さんを憎めれば、きっともっと楽なんでしょうけどね…
 結局、憎めない…
 どころか…
 僕は多田さんにも本当は後ろめたいんです。
 …多田さんが浅野さんにぞっこんだとしても、それ以上に貴方に依存していたことを僕は知っていた。
 …そして、僕はそれが許せなかった。
 光克先輩には浅野さんのほうが似合ってる。
 …浅野さんには太陽の匂いがする。
 正当な…真当な…光の差す場所…日向の匂い…
 多田さんが浅野さんを見る目は、いつも眩しそうで、恋と言うよりも憧憬の対象のようにしか見えなかった。
 僕はそんな多田さんが好きでした。
 …なのに…
 あの人は…浅野さんでなく、貴方のために、僕に手を上げたんだ…!
 何故…?
 …僕はあの時まで貴方を本当には知らなかった。
 あの朝、光の中に佇む貴方に僕は、ほとんど一目惚れでしたよ…

 笑わないでください!

 貴方に呼び止められた時、僕がどんなに浮き足立ってたか…
 心臓が高鳴って、頬が紅潮してるのが恥ずかしくて…

 なのに、貴方はまるで商品の品定めでもするように僕を扱った…!
 高鳴った心臓の鼓動の分だけ、僕は打ちのめされました。
 止めの一発が来て、僕は反射的に貴方を殴ってた。
 …なんてことをしてしまったんだろうと走りながらだんだんと怖くなりましたよ…
 初めて人を殴った…
 その相手が貴方であることに僕は驚いてました…
 なんで僕は殴ってしまったんだろう…?
 …脈拍がどんどん早くなる
 …いつまでたっても鼓動がおさまらない
 …昼休みにやってきた光克先輩は、教室に入ってきて僕を認めると、躊躇無く真正面から僕を見て、「理由は解ってるよな?」って、そう言った途端に僕を平手打ちにした。
 …ええ…言われてるほど、痛いってわけじゃなかったですよ。
 それどころか、僕はあれで胸の不穏さが消えて、気持ちよかったくらいですもん。
 …きっと加減してくれたんでしょうね…
 そうそう。
 あっという間の出来事だったけど、踵を返して出て行こうとした多田さん、振り向いて思い出したように僕に言いましたよ、「…あいつを殴るなんて勇気あるな、お前。名前、なんて言ったっけ?」って。
 おかしいよね。
 勇気って言うんなら、人前で青バッヂを殴った自分だって、かなり勇気いると思うのに。
 下手したら退学でしょ?
 僕のことは、知らないにしてもね…
 カッコ悪いことこの上ないけど、僕はつい言っちゃったんですよ、「…僕の兄貴が誰だか知らないのか!?」って…
 やっぱパニクってたんだろうな…
 殴られた痛みよりも、自分のせこさのほうが、堪えましたよ…
 まったく…
 なんであんなこと…
 あれって…
 あとで考えれば先輩が知らないはずないんですよ…
 だから光克先輩は僕に名乗るチャンスをくれたんです。
 それなのにあんなバカなこと…
 先輩、あからさまに眉をひそめて「知らねーよ、第一、関係ねーじゃん」って…出て行っちゃった。
 …二重の失態ですよね…
 なんかもう悔しいやら恥ずかしいやらで…
 周辺はいつの間にかワイワイ騒いでるし、カーッとしてる間に誰がご注進に及んだのか、兄貴が飛んでくるし…
 もう、最悪な展開でしたよ…
 結局、その日の内に兄貴達は、先輩を呼び出した…
 後は知ってるんでしょう…?
 兄貴達が多田さんをぼこぼこにしたことで、多田さんも青バッヂに手を出したことをチャラにされた…
 多田さん、兄貴達に一発も返さなかったそうですよ…
 「関係ない」相手には手を上げないってことだったみたいです。
 兄貴が後で言ってたけど、あんまり冷静に殴られるんでイライラしてきて、まるでこっちが悪人みたいな気分だったって。
 

 ……僕は…貴方が羨ましかった…
 …あの日の貴方の姿が目に焼き付いてる…
 貴方の触れた指の記憶も…
 そしてそれを思い出すと、僕はカッと体が熱くなる…
 貴方を殴った自分が許せなかった…
 自分の動転が何によるものなのか、僕は考えたくなかった…
 ただ恥ずかしさと後悔が苦しくて…

 生徒会に立候補したのは、多田先輩に謝りたかったからです…
 先輩、あの件で保護者まで呼び出されたんですよ…
 今、思えば、どんなに嫌な思いをしたか…
 ウチの親が要求したんですよ…
 兄貴と母親はつるんでますからね…
 そのうえ、兄貴が入学した時の寄付金、アレ、三口が相場でしょ?
 べつに一口だって文句は言われない。
 なのに、ウチの親、30口入れたんですよ!
 バカじゃないのかと思いますよ。
 校長室で、無理やり、多田さんと…保護者の人…綺麗な人ですよね…あの人たちの謝罪を聞かなきゃならなかった僕の気持ち、解ります?
 僕の隣で僕の肩を抱きながら、勝ち誇ったような顔をした母親の隣で、僕はただ早く時間が過ぎてくれるのだけを待ってました。
 恥ずかしくて顔なんか、上げられませんでしたよ。
 …校長室を出る時、僕は最後まで残って、多田さんに謝るつもりでした…
 でも、多田さん、僕の顔見て、笑ったんです。
 普段、笑わない人でしょ? 多田さんて。
 その多田さんが、僕に笑いかけた。
 …気にするなって…
 声に出さずにそう言った。
 まだ兄貴達に殴られた跡が残ってた…
 僕…何も言えなくて…
 謝ることも出来なかった。
 
 …僕が多田さんを追っかけ回しても仕方ないでしょ?
 なのに…僕は結局、あの人を傷つけることしか出来ないんだ…!
 多田さんが貴方をどれぐらい必要としてるか、僕は解ってた。
 解ってたのに…!
 多田さんが貴方を見る目は、僕を苛立たせる…!
 許せないと思ってしまう…
 貴方が邪魔だと思うそばから、…僕は…
 ……嫌だ!
 貴方が光克先輩を見る目も、多田さんが貴方といる時の笑顔も、僕は、我慢出来ない!
 …貴方が光克先輩から俺を引き離せと言った時、僕は、それに縋り付いた…
 それが光克先輩を傷つけることだと僕は、解っていた…
 解っていて僕は自分を誤魔化した…

 …何故かって…?

 あはは…

 今さらなことを聞くんですね…

 …貴方が好きだったからですよ!

 僕は貴方が好きだったんです!


 …くそっ…涙が出てきた…

 貴方にとっては…ただの遊び相手でも…僕は…

 いえ、そうですね、僕もそう自分に言い聞かせてた…
 これは多田さんのためなんだ、多田さんを諦めさせるんだ、こんな人、多田さんには似合わない…

 …バカだよね…
 貴方に触れられただけで、僕はイっちまいそうなくらいだったのに。
 気持ちよくてさ…
 腰が蕩けそうだったのにさ…
 訳の解んない使命感をでっち上げて自分を誤魔化した…
 おかげで、僕は光克先輩をまともに見れなくなってしまった…
 …なのに、多田さんは、僕と貴方のことを知っても、僕を赦す…

 星赤さん、多田さんはね、本当に貴方のことが好きだったんですよ…
 知らなかったでしょ?

 可哀想な先輩…
 可哀想な僕…

 貴方のやることなら、多田さんは無条件で受け入れる。
 それが自分を傷つけることであっても。
 裏切りでさえも。

 …貴方達の間で、僕はただ右往左往してる…
 どちらにとっても、重要な人間じゃなくて…

 …多田さんに認められたかった。
 …でも現実は、あの人から貴方を奪い取った…!
 でも、愛されてるわけじゃない!
 ただの遊び相手に過ぎない!
 なのに、僕は貴方から離れられない…!

 どれくらい僕が惨めな気分か…解ります?


 …ああ…そうですね…
 貴方が無理強いしたわけじゃない。
 僕が自分で選んだんだ。
 いつ、止めたってよかったんですよね…

 くそっ…

 そう言われるのも解ってた…

 ……でも…

 僕が今日で終るんだ、終らすんだ、こんなこと、大したことじゃない、こんなことのために自己嫌悪に陥るのはバカみたいだ、終わりにするんだ…
 そう決意して貴方の前に立つ…

 でも、あなたのそばに立って、貴方の匂いを嗅いだ瞬間から、僕はもう、何も考えられなくなる…

 貴方に触れて欲しくて。

 …なんであんなに優しかったんです!?

 ただの遊び相手に!?

 貴方にキスされてると、僕はいつも誤解しちまうんです。

 …こんなに優しくて、こんなに気持ちよくて…
 僕は愛されてるのかも知れない…って。

 そして、そう思いだすと、僕のものは貴方をねだって止まらなくなる…!

 いつもいつも。

 夢から覚めればそんなわけがないと解るのに。


 星赤さん…!
 星赤さん…!
 星赤さん…っ!!

 終れない、終れっこない!

 好きなんです。

 好きなんです。

 いっそ死んでしまいたい…!

 そうすれば、貴方にずっと覚えていてもらえるんでしょ?


 ……ああ…
 そんな顔しないで…!


 ええ、そうですね…

 僕は貴方の「桐」さんじゃない。

 僕なんか、
 僕なんか、…

 ああああああ…


 だって仕方ないじゃないですか!

 好きなんだもん!
 好きなんだもん!
 好きなんだもん! 


 …待ってていいでしょ…?

 待つくらい?

 僕は待つよ。

 …待てるもん。

 …遊びだから。

 …ええ、嫌われたくないんです。

 …貴方にも、光克先輩にも。
 …自分にも。

 …僕を赦したいんです。

 …貴方を待てたら、きちんと待っていられたら、僕は自分を赦せると思う。

 …先輩、だから…
 キスして。
 それで僕は帰ります。
 


…ああ、そう…

…そう、そうなんだ…
もう、頬にしかしてくれないんだ…

本当に、光克先輩に………

それなら…いいんです。

多田さんに謝っておいて下さい。

…僕は大事に出来ませんでしたって。



…さよなら」


20080329

  最終章か霜炎 <7>へつづく>>>>>(公開日未定)


あとがき
 お立寄り頂きありがとうございます。「相聞」…桐君の独白です。今年の春に書いたものなので、他とちょっとテイストが違い「月光…」の桐君と慧のイメージが入っちゃってます。本当はマズイんだけど、気に入ってるので出したかったのです。ご容赦ください。
 なんの説明もなく始まって終わる台詞のみの話し…イメージしたのはコクトーの戯曲「声」です。寝室で恋人の電話を待つ女性…別れの電話に身も世もなく男を掻き口説く……プーランクが曲をつけたオペラやモノクロの古いイタリア映画もあります。「アモーレ -L'amore」1948。名匠ロッセリーニ監督が名女優アンナ・マニャーニを起用、脚本はフェデリコ・フェリーニでタイトルは「人間の声」、「奇跡」との二本立てオムニバス映画でした。大人の女の哀切感、絶望感漂う内容で、オペラも映画も好きです。最初に見たのは今は無き三百人劇場でのロッセリーニ特集で見た映画でしたが、その後アメリカのディーヴァ、ジェシー・ノーマンの舞台をTV録画で見て、こちらも良かった…オペラの方は独り舞台ということもあってたまに日本でも上演されます。よかったら見てね。
 本当は、「霜炎」とは別にすべきだったのでしょうが、これも光克と慧が正面切って向かい合った結果の余波のひとつだろう、と思ったのでここに突っ込ませて頂きました。なんで「相聞」?返歌は?と思われるでしょうが、ここに出ない慧への呼びかけもまた「アモーレ」であり、慧の無言も又「相聞」なんだと思います。下書き段階で付けたタイトルは「桐の唄」でした。桐君の絶唱ですね。…言いたいことを我慢しないワガママ桐君が私は可愛いです。スゴク可哀想な立場なんだけどくじけないとこも。では。I wish you are a Happy New Year ! 20081229 海神

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■霜炎<6>■海神社 Kaijin-sya 第一版 2008/12/30



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